たまにはふじもなおが考えたちょっとした話でも。
オチがあるとか期待してはいけない。
もなお語り、とでも呼んでみようか。
「今、なんて」
口に含んでいたアイスの珈琲をゆっくりと喉を鳴らし、飲み込んでから男は口を開いた。
吃驚して瞳孔が開いている男とは裏腹に女は木目調のテーブルに視線を落としたままため息をつく。
「言った通りよ。きてないの」
男は開いた口をそのまま数回開閉する。
「…あ、いや。待って。それは…」
「あなた、私に大丈夫だと言ったわ」
「………」
ついに男も女も黙ってしまった。他に客はいない。沈黙は守られたままだ。
空調も程良く効いている。いや、寒いぐらいかもしれない。
男は冷えよりも話の内容に呆然としている。
だが女はアイスコーヒーと空調のせいか、腕を何度か擦り始めた。
話題はわからない、が―――女は冷やしてはいけない身体になったのではないだろうか。
そう下世話な判断をした私はブランケットを広げて差し出した。
「あ…。ありがとう、ございます」
「いえ」
女がブランケットを広げて丁寧に半身に掛けている間も男は目を左右へと泳がせている。
そんな男に良い気はしないだろう。女はまた一層深いため息をつく。
一向に話は進まない。
陶器を重ねて置く音と、氷が解けてガラスを叩く音が同時に響く。
微動だにしない男女。
無粋だろうと思う。私の自分勝手な思いだ。だが、此処は私の店だ。
未来もある若い男女にこんな顔をして欲しくて作り上げた店ではない。
「女性は、男性の言葉にひどく頼ってしまいます」
「……え?」
唐突に話をし始めた私の声を聞いて、ようやく男が顔を上げた。
女もまた不思議そうに、しかし何かを望むように私を見た。
「男性の”大丈夫”という言葉は、確率の問題ではない。女性の不安な心を支える支柱になるのです」
「……支柱」
「彼女は今一度、あなたの”大丈夫”を望んでいるのでは?」
恐る恐ると、男は女の顔を見る。そんな男に縋るような視線を送る女。
太ももの上で拳を強く爪が食い込むほど握り、長い前髪を振り払うように頭を思い切り天井へと煽り、男は一度頷いた。
「だ、だいじょうぶ!……俺に、任せて!」
ふわりと女の顔が華やかな表情へと変わる。
ああ、そうだ。こういう顔だ。
いいじゃないか。男は決意を固めてより男らしく、女は周囲を喜ばせるような華の咲いた笑顔を。
これでこそ、私の望む雰囲気の店だ。
「よし、ちょっと待ってて。今から…ええと、どこが近かったっけ」
「二丁目にあったでしょう」
「ちょ、ちょっと遠いね…ああいや、嘘!嘘!行けるから!行ってくるから、待ってて!アイスコーヒーもう一杯頼んでいいよ」
テーブルと揃いの木目調の椅子に掛けていたパーカーを雑に羽織ると、財布を片手に慌しく扉を開けてすぐに消えた。
扉に飾ったベルが心地良く鳴る中、私は満足気にしている女を見た。
それに気付いた女は小さく頭を下げる。
「ネットでね、ゲームを注文したんですよ。私は直接買いに行く方が早いって言ったんですけど、彼が”大丈夫、最近は到着早い”って。そう言うから安心してたんですけど、来なかったんです」
「……はあ」
「発売日にプレイできないなら面白さ半減ですから」
そう言って女は飲み終わったアイスコーヒーのグラスを顔の横に並べて「おかわり」と嬉々として声にした。
私の判断はそう間違ってはいなかった。
男には申し訳ないことをしたかもしれない。 だがそれでも、彼はまた彼女の信頼を取り戻せたのだ。
―――私の店はまたこうして、人々を笑顔にしていく。
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